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全国の魅力的な商店街をつくるための取り組み事例をご紹介します! 商店街活性化事例レポート

大きなビジョンと細やかなサポートを両輪に ジーンズストリートが拓く未来 イベント 地域資源 地域振興 各種連携 情報発信 個店活性

地域活性化のモデルとして名高い児島ジーンズストリート。地場産業と商店街の発信力をより向上せしめたものは、強力なリーダーシップと壮大なビジョン、それを現実に落とし込む関係者たちの活動だった。ストリートがつくり上げられる、その取組みの核に迫った。

商店街名 児島ジーンズストリート協同組合/岡山県倉敷市

美しく並ぶ児島産ジーンズ(JAPAN BLUE JEANS店内)。繊維の街ゆえの、卓越した加工技術により、豊かな表情が生まれている

やるならば日本一  世界が注目する商店街を

その行動力と人望でジーンズストリート構想を推進してきた眞鍋さん。「そろそろ若手に任せたい」と笑うが、まちづくりにエネルギッシュに動き続けている

 瀬戸大橋の岡山側の玄関口、倉敷市児島地域。’65年、初の国産ジーンズはこの地で誕生した。マルオ被服、現在のビッグジョンによるものだ。もともと繊維の街として知られていた児島は、以来、ジーンズの一大産地として名を上げていく。しかし、地場メーカーのほとんどは、ブランドから委託されてジーンズをつくって納める、いわゆるOEMメーカー。それゆえ、「児島産のジーンズを児島で買えない」という状況だった。この点を、新たな観光資源として着目したのが、児島ジーンズストリート協同組合代表理事の眞鍋寿男さんだ。自身、「桃太郎ジーンズ」などを手がける国内屈指のジーンズメーカー・ジャパンブルーの代表でもある。

「もともと、日本らしいジーンズをつくれないかと考えていた。児島は、生地から加工、縫製からプリントまで、ジーンズにまつわることはすべてできる。だったらここで最高のジャパンジーンズをつくり、それが買える街にしようじゃないか、と」

 もちろん、衰退する地元の味野商店街の復活、という点はテーマのひとつ。だが、ジーンズストリートがここまで世に広まった要因は、活性化にとどまらない動機と高い目的を備えていた点にある。

「危機感よりも、面白いことをしたいという思い。どうせやるなら日本一の商店街を、世界中から注目を浴びるような商店街を目指さないと」




街にはひと目でジーンズの街とわかる仕掛けがたくさんある。

かくして、壮大な夢に向かい動き出した眞鍋さん。その強いリーダーシップのもと、’09
年に「児島ジーンズストリート構想」を策定、’13年に協同組合を立ち上げた。まずはストリートにジーンズショップを集積することが喫緊の課題。そこで眞鍋さんと文字通り汗をかいたのが、児島商工会議所専務理事の太宰信一さんだ。

「当時は毎日、土日も商店街に足を運んでいました。そこで、一軒一軒、構想について説明して理解を呼びかけたり、空き店舗を貸してもらえるよう頭を下げたり。メーカーに対しても出店誘致を続けました。最初は全部ノーでしたけど、それでも粘り強く交渉を続けました」

その結果、最初は後ろ向きだった地元商業者も協力的になり、ようやく、一軒、二軒とジーンズの小売店が誕生。この姿勢の変化には、メディア活用によるイメージ付け、という仕掛けも働いていた。眞鍋さんはメディアにさかんに登場し、構想について発信を続けたのだ。

「ローカルテレビや地方の新聞で、商店街活性化案を話して。メディアが取材に来たら、どんどん店主たちに出てもらった。今までそんなことなかったから、彼らもすごくやる気になっていくんですね。全国ネットのビジネス番組にも出演しました」

     

 眞鍋さん流の大きな仕掛けと、太宰さん流の地道な交渉。その両輪がリンクし「街が変わる」というイメージを内外に植え付けていったのだ。ただ、まだまだ実際の店舗数は少なく、中身が伴っていないという課題もあった。そこで、眞鍋さんや商店街の有志、商工会議所は、地元の不動産屋に家賃を抑えてもらえるよう交渉し、空き店舗所有者との家賃交渉を担当。出店希望者と空き店舗とのマッチングもサポートするなど、出店しやすい環境づくりに一体となって取り組み、店舗は年々増加した。「今話題の児島に店を出せば売れる」という口コミ効果も働く。
 
’14年には支援センターの「繁盛店づくり支援事業」で個店の魅力向上を、翌’15年には「トータルプラン作成支援事業」でジーンズストリートのビジョンづくりに取り組み、ジーンズストリートの名に恥じぬクオリティを整えていった。

同志とともに街を変え ものづくりの一大拠点へ

 ’18年2月現在、ジーンズストリートでは、ジーンズ関連の店が約30を数えるまでになった。店には風合い豊かな〝プレミアムジーンズ〞が並び、ジーンズ愛好家のみならず全国のファッショニスタが日々訪れる。年間来街者は、構想前は1万人を切っていたが、いまでは約15万人にものぼる。
「どんな店でもいいわけじゃない。児島、岡山への想いを持ち、メイド・イン・ジャパンであることがルール。小売店が並ぶだけなら都心でいい。ここでは、ものづくりの街のジーンズの店であることが重要だから」
と眞鍋さん。個店に加え、景観面でもブランディングが功を奏している。商店街のストリートをデニム色に塗装し、看板などもジーンズをモチーフに。また、ジーンズが描かれたJR児島駅の階段や、デニムをあしらったジーンズタクシーなど、民間企業の幅広い協力も、街のイメージを変えた。さらに、「稲妻デニムフェス」など、デニム・ジーンズにまつわるイベントも多数開催し、商店街の魅力創出と発信に余念がない。これらは、各所に眞鍋さんの信念に共感する〝同志〞がいたからこそ、成し遂げられた。





イベント「稲妻デニムフェス」には全国各地のデニムブランドが集結

 こうした右肩上がりの状況は、既存の商店街店主たちにもポジティブな影響を与えた。他業種でもデニムにちなんだ商品開発がなされ、店主たちは訪れる観光客を案内したり、街の歴史を伝えたり、良きガイド役として一役買っている。また、新規出店者の意欲も非常に高い。

「同じ業種が集積しているため、切磋琢磨してサービスや品質の向上につながっている。また、まちづくりに対しても、そもそもここで出店したい、と思って来た人たちだから、とても積極的でアイデアも多い。彼らはセンスも良いから、街に来る人もどんどんオシャレになって、カップルや女性も増えてきた」

 こうした取組みが評価され、’17年には経済産業省の「はばたく商店街30選」に選ばれた。一定の到達点を迎えたかに見えるジーンズストリートだが、眞鍋さんは先を見据えている。
「街に人が来るようになったので、次は滞留できるカフェや飲食店を呼びたい。また、海をはじめ自然資源も多いので、回遊性も高められる。そして、海外から観光客だけでなく、起業家を集められれば、いずれ世界のものづくりの一大拠点になる」

 繊維の街ならではの、ものづくり環境。さらに、商店街ならではの、共助の力。先述したように、商工会議所や地域の人々も多方面にわたってサポートしてくれる。これらを融合すれば、世界規模の創業の街実現も夢ではない。そのために、眞鍋さんはジーンズストリートを特区にしようとすでに動き出している。まだまだ、「面白いこと」は続きそうだ。


ジーンズストリートを支える関係者の声

証言:1 児島商工会議所のキーパーソン

左から
児島商工会議所
太宰信一さん 末佐俊治さん

児島ジーンズストリートを語る上では、児島商工会議所の存在は外せない。味野商店街とジーンズストリート、あるいは行政との間をつなぐ役割を担っており、なかでも太宰さんは、文中に記したように眞鍋さんと二人三脚で奔走、その創立に大きく貢献した。「当時は繊維産業も衰退してきており、瀬戸大橋開通からの観光客も減っていた。ジーンズストリートに賭けました」。ひたすらに商店街やメーカーに想いを伝え、その一方で補助金の活用にも力を注ぎ、現在の基礎を築いたのだ。「味野商店街の全盛期は、それはもう盛況でした。いま、ジーンズストリートによって活気が戻っているのが率直に嬉しいです」と、この
街をずっと見守ってきたからこその喜びを話してくれた。

 そんな太宰さんからバトンを受け継いだ末佐さんも、日々事業者や商店街に的確なフォローアップを行っている。また、増大する観光客を受け、商店街内にジーンズデザインの公衆トイレを新設する予定だという。
「児島は古事記にも登場するほど古い歴史を有し、食に自然にとさまざまな魅力を持っています。また、帆布など、他の繊維産業も強い。ジーンズストリートをさらに成長させながら、そんな観光資源とリンクさせ、周遊環境を整えていきたい」と街の将来像を語る。


証言:2 ジーンズストリートの店主たち

左から
ジーンズストリート
池本純夫さん 高祖朱美さん 兼光治さん

児島ジーンズストリートで店を構える店主たちもまた、この取組みに多大な貢献をしている。具体的には出店希望者に対するマッチングやフォローだ。タクシー会社や飲食店を営む池本さん(児島味野商店街連盟会長)は希望者の窓口を担い、空き店舗の家主との交渉にも赴く。衣料のリフォーム店を営んでいる高祖さんは、商店街の「おかみさん会」の一員として、新規出店者の生活の不安を解消する、良い意味での「世話焼き係」。また、老舗のジーンズショップ・ダニアジャパンの兼光さんは、眞鍋さんと並ぶ重鎮として同業者からも信頼を集めている。こうした地元の店主の温かなサポートこそが、地区外出身者も安心して商いをできる理由だ。もちろん、ジーンズストリートについては、全員が好意的。「ストリートができて、街ににぎわいが生まれ、他業種にも良い効果が出てきたので、店主たちもやる気になっています」(高祖さん)。

 ただ、課題もある。「やはり外から来た人と我々地元の人間の間には意識のズレもある。今後はどうこの地域に巻き込んでいくかがポイント」(池本さん)。「まだまだ人は少ない。平日にどう人を呼ぶか考えていかねば」(兼光さん)。
 ジーンズストリートに対して主体的にかかわっていく姿勢を、若い世代にも伝えていく考えだ。


こぼれ話

タクシーや階段に続いて……ジーンズトイレ登場!

国産ジーンズ発祥の地であり、ジーンズを活かしたまちづくりを行っている倉敷市の児島ジーンズストリート。約400mのストリートにはジーンズ関連の約30店舗が並び、ここでしか買えないような高品質の「プレミアムジーンズ」を目当てに国内外からファッショニスタが集まる。店だけでなく、デニム柄のタクシーや、ジーンズが彩られた駅の階段など、街全体に“ジーンズの仕掛け”があるのも楽しい。そんなジーンズストリートに、4月から新しい名所が生まれる。その名も「ジーンズトイレ」だ。

もともと商店街に公衆トイレがなく、急増する来街者に対応できていなかったこともあり、かねてより設営を求める声が上がっていた。ジーンズストリート協同組合や児島商工会議所は、近接する住民の理解を得る一方、市へ要望し、デザイン等を共同で検討。外国の方でも使える洋式で、モニュメントのようなジーンズトイレ設営が決まった。

構想から数年をかけてできあがったジーンズトイレは、全面にジーンズが、そして壁にはブロックを蹴り出すグラフィティが描かれ、横に立つとさながら「顔ハメパネル」のような面白さも。ただのインフラとしてだけでなく、ジーンズストリートの新たな人気スポットにもなりそうだ。


   



DATA

 

  



   
この記事は、商店街活性化の情報誌「EGAO」の2018 Spring(春号)に掲載されています。
 
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